邸宅侵入、強制わいせつ致傷。
【暴行強迫要件が求めるもの】
本件事案は、被告人が被害者のマンション敷地内に被害者がオートロックを開けたことに乗じて、マンションの敷地内に入り被害者に駆け寄って、後ろから『抱き着いて』その胸と陰部を触ったというもの。
性犯罪の強制わいせつや強制性交については、現状では13歳以上の被害の場合罪となるかどうかは「暴行強迫」があったかどうかが要件となっている(R5.2現在、年齢や暴行強迫の内容などについて改正の手続きが進んでいる)
本件事案は、改正前の刑法に則り執り行われている。『抱きついた』(暴行と認められる)かどうかが争われている。抱きついたことが証明されれば強制わいせつ罪が成立する。なお、暴行は「反抗を抑圧するに足りる程度の不法な有形力の行使(であって力の大小を問わない)」ということになっているらしい。
被害者は後ろから襲われており、正確には被告人の行動を見ていないが、「背中にしょっているリュックがつぶされて押された感覚があり、抵抗しようと体を動かそうとしたができなかった」と証言している。
一方、被告人は「腕をまっすぐ伸ばした状態で手だけ曲げて触ったので、被害者の背中とは25センチ程度の空間があり、抱き着いていない」とする。
反抗が行われた時間の長さはマンションの防犯カメラ映像で犯人の出入りが確認されていて8秒間であったことがわかっている。
したがって、わいせつ行為を行っていた時間は2秒程度と弁護士側からは主張されている。
検察官は被害者の供述が信頼できるとし、弁護士側は被告人の犯行時間の短さ故、抱き着いている状態はなかったか、あっても反抗を抑圧する程度のものではなかったと弁論している。
【暴行強迫要件が物理的な力の行使にとらわれている】
この裁判では、わいせつ行為が『抱きついた』かどうかによって、強制わいせつの暴行強迫要件をみたすかどうかが争点となっているが、強制わいせつのほかの事件では、わいせつ行為自体が強引だったり不意打ちだったりするケースでは要件を満たすと判断されていることもある。例えば、背後から追い抜きざまに胸をわしづかみにした
といった場合である。
その点からすれば、被害者がマンションのオートロックを開けたことに乗じて、マンション内に立ち入り、後ろから駆け寄って行ったということ自体すでに強引な方法であり強制わいせつの要件を十分満たしていると思える。
このように、裁判では争点が事前に調整されている場合、その争点をどう争うかということに裁判の進行が終始してしまい、事件全体の把握がなされなくなってしまう。
【暴行強迫要件の議論によって見えなくなるもの】
そして、その『抱きついた』かどうかという物理的な行為の一点に議論の根本が置かれるために、本来の犯行動機を明らかにするといった再犯防止に最も重要な部分は全く表面的なものに終わってしまう。
性犯罪事件に限らないと思うが、おそらく特に性犯罪の犯行動機はつかみにくいところがある。それは、加害当事者でさえ理解できていないし、理解できていないから繰り返してしまうということになるのだと思う。
しかし、加害者にとっては如何に客観的にみて不合理であっても、犯罪であっても、被害者がいてもそのことをする必要があるのであって、むしろそれは不合理で、非道で、人を傷つけなければならなければならないもので、そうした反社会的であり、不道徳なことでなければならない理由は加害者にとっては受け入れがたく直面化したくないものなので、明らかにされることを無意識に恐れているために、そのことに触れようとすることはない。
裁判では基本的には形式的な刑罰の判断をするにとどまるため、このような加害者の心理を明らかにすることはなく、闇の中にとどめ置かれたまま終結する。加害者にとってはそれは好都合であり、表面的な事件の様態についてだけ打ち明ければよいだけなので、心からの謝罪などはありようはずもない。加害者は時には涙を見せて表面的には反省している様子をみせるが、その内心は本当の姿をみせるのは恐ろしいことでみせずにいられたという安堵感の方が強い。
また、そのように防衛が働いている状況では、被害者が被った性的自由意志への侵害、そのための屈辱、恐怖といった精神的苦痛やその後の対人関係や生活全般における後遺症やPTSDなどを発症することもあるだろう。何よりそのことは一生忘れることはできないものとしてその人の人生を支配してしまうことさえあるということといった結果を自分がしたこととして本当の意味で了解することができない。自分がなぜそのようなことをしなければならなかったのかを受け入れることなく、そうした事態を本当の意味で自覚的責任を負うことはないと思う。
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