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執筆者の写真団九郎

性のワークショップ「あも会」:セックス、どこで勉強した?

セックスについてのミーティングに参加させていただきました。

改めて、セックスがいかにあいまいに扱われていて、そんな中でセックスはこうであるべきといった刷り込みに振り回されているんだなという思いを持ちました。


セックスはあまりにも隠されてきたのではないでしょうか。そんななかで、セックスに関して公的に学ぶ機会はもっぱら避妊や感染予防に関してであって、本来のセックスが持っているポテンシャルを矮小化して取り扱われてきた一方で、マスメディアや性産業からの情報発信に影響されてきた時代から、近年インターネットの普及によって、規制の枠が崩壊し、セックスに関する情報のあり方は露出を増し、暴力性を携えて、楽しむというよりはいかにインパクトを与えるかということにますます特化しているように思う。


セックスのいいところ、わるいところというテーマもあったが、セックス自体にいいもわるいもないし、それがなければ人間関係が築けないものでもなく、純粋にはコミュニケーションの一手段に過ぎないと思うが、そこに生殖がつながっていることや、セックスをすることの価値観が持たれることによって問題が起きるのだと思う。 セックスがうまくいかないのは、テクニックの問題ではなくお互いのセックスに関する認識にずれがあり、そのずれをコミュニケーションして解決しないためではないかと思う。認識が違うことをお互いが受け入れるとか、調整するとか合意がとれないで、セックス自体が目的になってしまうと失敗するんじゃないかな。


そんななかで、セックスの本来の人と人とが関係を楽しんだり深めたりするための有用性や自由な価値観について考え直そうという人もでては来ているが、エロティシズムを前面にだす方が市場の需要を生んでいて広がってはいないように思う。そこで、こうしたイベントは貴重であると思う。

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